わたくし、ぎふ・いざないびと、稲葉良通がご案内申し上げよう。
この家紋は、折敷(三方)に三文字と呼ばれておる。わしは、安藤守就(道足)、氏家直元(卜全)とともに美濃三人衆と呼ばれ、稲葉一徹の名が良く知られておるようじゃ。わしは、はじめ土岐氏、後に斎藤氏三代(道三・義龍・龍興)に仕えたが、信長様の美濃攻めの折に、われら美濃三人衆が織田方につき永禄10年(1567)信長様は美濃を手中におさめたのじゃ。わしは、信長様がお亡くなりになった後は、秀吉様に仕え、天正16年(注)美濃清水城において生涯を終えたのじゃ。明智光秀の重臣・斎藤利三はわしの旧臣であり、その娘・福(春日局)の母はわしの縁者であった。
(注:天正16年は概ね1588年ですが、稲葉良通は天正16年11月19日(1589年1月5日)に亡くなったとされています。)
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